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まひるとデート、いろいろ考えた

金曜日。今年最後の通級だった。
先生との面談。なんだか、目的意識とか、
やる気の無さを指摘される。
そうなんだよ。
一年前は、けっこうやる気満々だったんだよ。

お母さんもっとガンバってっていわれてもね~
私も、正直、いっぱいいっぱいです。
絶対、先生との相性もあるよね~。
話していても、食後もあって、すごく眠くなった。

土曜日、療育。終わると、東京ドームでやっている
ディノスの2006さよならバーゲンへ。
はじめていったけど、すごい人。でも会場も広いので、
そんなには、気にならない。

めざすは、スキー用品コーナー
スノーブーツを3900円でゲット。まひるニコニコ。
次は、グローブで、二個ゲット。靴下も買う。
ちょっと、見てみようかとキッズコーナーのウェア。
今までのでも、入るには入るが、下に着るとつらいなか?
でも、年一回だし、来年は受験だから行かないはずと思いつつも、
3900円で160かわいいのがあったので、
「パパに、電話して、いまのはピタピタだから、
安いの見つけたから買ってもいい?と聞いてごらん」と電話させる。
速攻OKもらう(^_^;)

ブランドとか、みたいな~と思ったが、
まひるが、もう限界だったので、外へ出てラーメンを食べる。
東京ドームシティは、分煙が進んでいないので、
ドームの中も、けっこう煙もうもうの所を通らねばならなかった。
ラーメン食べているときも、隣から煙が、、、、(-_-)
勘弁してほしい。

まひるも私も、隣接のラクーアの建物の中で、買い物するの好きなので、
大きな袋を抱えながら、うろうろと見て歩く。
靴2足、お買いあげ~♪
アディダスのショップで、ショルダーバッグも買って、
ニコニコで帰ったのであった。

家に帰ると、荷物を置いて、少し家事をすると、
従兄弟のお通夜に参列のため、江古田へ行く。
20歳の頃、よく行っていたんだが(^_^;)
友人に有楽町線で行けるよ、
小竹向原から、歩きな~と教わるが、
駅を出た瞬間、住宅街なので、
面食らう(-_-)どちらへ行けば、大通りで、タクシー拾えるかしら?
ほぼ迷子。しかし、昔歩いたイメージで、
(だいぶ変わっているんだが、、、)
歩き始めたら、ドンぴしゃ、大通りに出る(^_^;)
タクシーを拾ってやれやれ。

斎場の小さな部屋。
44年の人生の半分以上は、糖尿とそれに付随してくる病との戦いだった。
二年前、姉が倒れて、ミトコンドリア脳症という難病からくる糖尿であったと
彼もわかる。。。その後姉は、急死して、伯父伯母の悲しみは深かった。
三回忌を迎え、ようやく明るさを取り戻しつつあるように見えた矢先に、
末っ子の彼までもが、闘病空しく、、、骨と皮ばかりであった。
小さくなっちゃって。。。

子供の頃、よく伯父の家には行って、遊んでいたので、
子供時代の内気な少年の顔を浮かべた。
伯父と伯母の顔を見たら、号泣してしまいそうで、
結婚することもなく、この数年は、病院でリハビリの日々だった。

精進落としが、1時間以上続いて、いとまごいをしようと
伯父に近づいたら、お悔やみも言えず、ただ泣くばかりであった。
伯父は、「泣くな!座れ!もう少し飲んでいけ!供養だ」
と隣に座らせられ、さらにいくばくかの酒を飲む。
(伯父は、私の酒量を知っている(^_^;))

伯母は、4人姉妹で、姉妹は皆、
同じ敷地に家を建て暮らしている。
そして見事に、男性は先に逝ってしまっていて、
未亡人であるが、皆一様に、元気で若々しい(^_^;)
伯父はそんな中で長年暮らしてきたんだな~
と、改めて思うのでした。

親よりも長く生きるのも親孝行のうちと、
改めて思う一日だった。

親よりも長く生きろと寒椿

酔い果てている母を連れて妹たちと帰ろうとすると、
伯母が「Iちゃん連れて行って」と、声をかけてきた。
Iは、伯父よりも4つ下の弟で、うちの母には、兄。
特攻崩れで、ずっと独身で、ちょっと変わり者で、
酒癖がいいとは言えない。そのため、5年ほど前の正月に、
伯父の家で、大げんかをして以来つきあいはしていなかったはず。

だから、親戚席に見つけたとき、あれ?と思ったのだった。
(兄弟だから驚くほど遠目に見るとそっくりなのに改めて気がついたし)
お金がないから、都営乗り継いで(シルバーパスがあるので都営ならタダ)、
帰るというので、私だけ(大回りになるが、同じ都営で帰れるので)、
母や妹たちと別れて、I伯父と帰った。

I伯父の話では、突然、沖縄にいる伯母(伯父のすぐ下で、
うちの母からは姉)からの電話で、葬式を知った。
頼むから、私の代わりだと思って、出てくれ。
お金はすぐ送るから。そういう話だったと。だから仕方なしに来たと。。。
その後、特攻隊に入った話や、終戦近くに、もういいから帰れと言われ、
仲間と少々の食料を持って、隊を離れた話。最年少で、数えで15だったと。
当時、実家は台湾にあったが、終戦で、台湾にも戻れず、
実家がその後沖縄に引き上げたことなど、知るよしもなく、
特攻からは敵前逃亡したことになって、行方しれずで、
本籍も抹消になっていたんだが。。
様々な知恵もなく、教えてくれる人もなく、
終戦の混乱の中に放り出されたのだった。

I伯父は、恩給をもらうこともなく、
戸籍もしばらく無かったりしたので、
年金も払うこともなかったので、
今は、生活保護を受けて、一人静かに、
時折やってくる特攻時代の戦友などとつきあうぐらいのものである。
母たちは、全うに暮らしていないと、
白い目でみていたが、私はこの伯父が嫌いではなかった。
ちょっと、自分勝手なところがあるが、そうやって、
10代の長い時間を一人生きてきたのだから、
戦争の犠牲者だしね~

ちょっと、次に会うのはいつかな~?と思いながら、
別れたのでした。

日曜日、まひるの療育先のクリスマスパーティー。
例年、お母さん同士は、時間をもてあますので、
ランチに行くのだが、今年は、3人だけだった。
あれこれ、お互いの子供の困ったところを2時間、
話し続けて、またがんばろうね~と別れるのであった。

まひると、ビックカメラに回って、
れおが、へし折った小型の掃除機を買い、
シャワーにつけるビタミンCのカートリッジを買うのであった。

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