父のこと、残務編

父も母も一人暮らしで、しかも戸籍は父が実家から動かさなかったから、本当に面倒。。。
もう解約した経営者向け保険。子ども全員の名前書いてあるのはいいが、なぜに私の名字を間違えてる?(~_~;)
そんな解約している保険証券はあるのに、毎月引き落とされてる保険会社の証券はない。
電話すると、本人でも妻でもないので教えられない。書類は送るから、必要なものを揃えて送り返してくれって、、、( ˘ω˘ )
遺族年金も、戸籍の他に、各々の住民票がいる。母の分は母の委任状が必要だったり、父の除票というのは親子関係がわかる公の書類だって、、、うん、私の場合、父の席から抜けた名字からは変わっているので、私の戸籍もとらないといけないヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3ので、自分の区役所、父の区役所、母の区役所と回るだけで疲れるし、なんだかんだとお金も消えて行く。戸籍は小為替を入れてお取り寄せ。いやはや、こんなに面倒なら、やはり戸籍と住民票は一緒が、いいですよ〜
あちこちに旧姓を名乗って電話してたら、派遣の面接で、入り口でつい旧姓が出たよ〜(;_;)
お墓も持ってないので、三ヶ所見学した。もう、父の残務多すぎ!!!

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つれづれに、父のこと、ホスピスのこと、2

食べれなくなってしばらくすると声も出ないようで、
タン吸引で、やめて!と叫ぶ以外はあまり声も出さず。
意思の疎通がしづらくなっていて、
肺炎を起こしたあとはさらにすすんでいくばかり、、、

容態が安定し、再び退院話になり、
前回あまり進まなかったホスピスの話を
進めてほしいと、訴えながら、
同時に一度はキャンセルした介護付き老人ホームの話を進める。
ホスピスの見学と相談の予約がようやく取れて、
弟と妹に行ってもらったら、
翌日には翌週の入院の許可をもらう。

ホスピスは、桜の名所を眼下に見下ろす好立地。
部屋から花見ができるね!
来月には暖かくなり、外に散歩に行けるといいね^_^
と、励ましながら過ごす。
思ったより体調も良さそうだから、
嚥下の訓練とかして、もう少し食べてもらいましょう^ ^
なんて話もしていただいて、
前の病院でも、嚥下が急にきたから、
耳鼻科の先生に診てほしい!
と言ったけど、それはできないと言われて、
何で?と思っていたので、
嬉しかった。足も、赤くなって腫れたりしても、
皮膚科に診せてもらえなくて、嫌だったのに、
ホスピスは言うとすぐ他の科の先生にも診てもらえて、
もっと早くここに来たかった!って、
みんなで思ってた。
個室料の負担は重いけど、
良かったって、思って。
私は短期のバイトを入れて月末で終わるので、
しばらく父のとこに、時間をさけると思っていた。
弱っているのは、わかってはいたけど、
前日も、翌日は母のとこだから、1日休んで明後日くるよって、
言うと握手してくれた。タンの吸引は全力で、阻止!(⌒-⌒; )
翌日、昼休みにスマホをみると、
様子が少し変みたいで、病院に呼ばれたと、
妹からメール。何かあったら会社に電話ちょうだいと、
会社の番号を教える。3時前に電話で、
呼ばれて慌てて駆けつける。
反応は確かに弱い。いつもはすぐ外す酸素マスクもしている。吸引もさせる。手足が紫になり始めていて、
血流が悪くなっていると言われる。
腹部エコーするっていうから見たら、
身体に当てるところは見覚えあるやつだけど、
あとはタブレット!!( ゚д゚)すごい進化してるんだ!
膀胱におしっこが全くありません。
腎臓が働いてない。急性腎不全です、と。
れおが到着すると薄い反応ながら、
あっ、喜んでる!ってわかった。
お気に入りの自慢の孫だから^_^

私は母のデイサービスから、受け取り当番だったから、
母宅へ。母にご飯食べさせて、落ち着いたところで、
「お母さん、お父さんが危篤です!
もうもたないと思う。会いに行かない?」
と聞いたら、「それは行かなきゃ!」といって、
いつもは本当に動かなくて、着替えに時間がかかるのが、
あっという間に着替えて、しかも自分から。
タクシーで、父のところへ。

最後、微かに息をしているか?なとこに到着。
母は父の手を握って、お父さんと呼んでいた。
その後臨終が宣告され、酸素マスクも外された。
みんながさすっていたからか、
手も足も紫でなくなっていた。。。
85歳。ホスピスに移ってからたった9日だった。(;_;)

なんかそれからが慌ただしく、
親戚に連絡していく!
部屋を片付け、荷物をからにしてほしいといわれ、
まひるは役に立たないから、パパと帰っていいよと伝え、母も二人付き添いつけて帰す。

れおは荷物運び手伝ってというと、
車タクシーじゃもったいないから、
カーシェアの車持ってきて、
それで運ぼうというので、
れおに頼む。荷物を一気に病院の玄関まで運ぶ。
れお待ち。しばし待ちののち15分ほどで父宅に荷物を入れて戻る。

れおには帰ってもらって、妹たちと霊安室へ。
翌日の打ち合わせをして、解散。
ああ、部屋からの花見!見せてあげられなかった!
せめて桜の頃まで、、、
きっときっとそれは見事なのに。。。

町を歩いていて雑貨屋さんの店先に、
父が好きそうなアイデア商品があるな〜
と思ったら、お前がなんだかんだ言って俺に一番似てるかも、、、って夏に言われたセリフ思い出す。
ああ、そういう人を私は失ったんだな〜と思ったら、
鼻先がツーンとした。
でも、違うよ、新し物好きや自分で作るの好きなとこは似てるかも、あと、食いしん坊のとこ。
でも、私はリベラルだし、あなたはガチガチの自民党信者だったし、、、
(私の大嫌いな自民党の代議士の名刺が、
葬儀の芳名帳にあったわ、たぶん秘書だと思うけどね、
あんな人間としてどうかと思う人の後援会によく入ってるわ!と思ってた)
似てないとこもたくさんあるよ。
あっ、頑固者のとこもね、お互い。それは似てるか。

とりあえず、ありがとうございました、
お疲れ様。
小さいときから、親の不仲を見続けたのは、
しんどかったけど、それも含めて私を私たらしめているから、いいよ!

宿題たくさん残して言ってくれたので、
まだまだ忙しいよ。もうちょい、考えて片付けておいてくれたらよかったのに。

その点は、母の方が、ちゃんとしてる。計算してる。
まざまざとおもった。

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つれづれに、父のこと、ホスピスとか

ご無沙汰してしまいました。

一昨年の夏から、がんと闘っていた父が、先月末近く逝きました。
大人になってからは折り合いが合わぬ間でしたが、
それでも小さい頃はそれなりにパパっ子だったし、
20代頃には何人かの方に、父親が大事にしてた娘さんという感じと言われたこともあり、そんなもんかと、反発ばかりの親娘ではあったけど、それはそれ、これはこれという思いではあります。
父は好きなことばかりやるわりには、
女の子は、、、とか女のくせにとか、
結構男尊女卑で、
自分の思い描く女の子の型にはめようと必死だったし、こっちはこっちではめられてたまるか!と
争い続けた日々で、それは結婚して子育てしてても。

父ががんだと聞いた時、まあ年寄りのがんだから
それほど進行は速くないだろうましてや前立腺がん、
とは思っていたのですが、
発見時にもはや骨転移っていうより、
骨になんかあるよ、転移みたい?
じゃあ何のがんの?って感じで、
そもそも発見時、
末期のちょい手前( ̄O ̄;)、
前立腺肥大で通っていたのにそれはひどい!
と思ったので、父にセカンドオピニオンを進めたし、
最近になって知ったのだが、
製薬会社で研究員してるいとこは、
転院と、DNAで抗がん剤の合う合わないを調べてから治療を始めるほうがいい
(この部分は自費になるのですが、、)
と当時すすめてくれていたのですが、
父の答えはノー!ここが気に入っているから、ここでいいと。まあ、徒歩で行けてそこそこ有名な病院だったので。
病院は変えず、セカンドオピニオンを受けず、
諾々と主治医の方針に。。。。
結局、80代半ばということから、化学療法はなし、
ホルモン療法をやっては効かず、
薬を変えてやっては効かず、
の一年ちょっと。。。
夏前に骨転移にいい療法をやっている大学病院にも
行くことに。そちらでは、ホルモン療法より化学療法も視野に!と言われて、骨転移の治療が終わったら相談!
という話になっていたが、
12月初めあたりから、
それまでゆるゆる下がっていた食欲がますます落ちて、
血尿が出始め、貧血も見つかり、
輸血をしてもらったりして、
年末年始、大丈夫かな?と思っていた矢先に、
尿が出ないという訴えに、
とりあえず、近い方でと連れて行ったら、
そのまま入院、家に帰ることなく、ホスピスに移り、
亡くなりました。ちょうど2ヶ月。

帰ろうと思えば、帰れたんだけど、
尿道に管が入り、袋を下げて歩かねばならず、
これでは家に帰れないと、頑なに拒否されました。
いちおう自宅介護できるか模索もし、
(入院していると大学病院の方行けないし、老人ホームに入っても制約あるみたいだし)
最初は、ホスピスはまだ早い、入れないと言われて
(余命2ヶ月を切らないとなかなか入れないといわれました)
介護付き老人ホームを探し、見学もしました。
退院も決まり、諸々手配したところ、
予定の前々日、二月の上旬。
父を見舞い、夕方帰宅の途中(肉とかたくさん買って両手いっぱいのところ)
娘が、今おじいちゃんの見舞いに来たけど、すごいことになってるよ。と電話。

先生が、戻ってきて!って言ってる。
父は数日前から、タンが多くなって看護婦さんが、
吸引してくれるんだけど、ものすごく嫌がって、
全力で拒否するので、毎回、たいへん。
そもそもその数日前まで、私はインフルエンザで、
お見舞い自粛期間だった。ようやく本調子でないながらも、
(例によって咳が抜けない状態)
父のところに行ったとこ。体が、重い感じ。
家の冷蔵庫にとにかく買ったものを突っ込んで、
病院へUターン。
熱が急に上がり始めるわ、タンは全力で取らせないわで、主治医に、肺炎おこしてると思う。
タンを取らせてくれないと、それだけでリスク高い!
急変もあるから、ご家族呼んで!!
え〜、あんな全力でタン取るの拒んでるのに、
今晩なんとかなると思えない〜と、
思いながら、みんなに連絡する。

狭い部屋で、家族と、叔母と、
タン取るの嫌がるわ、酸素のマスクもすぐ外す、
父をなだめすかし、数時間。
とりあえず、家族全員でいるのは難しいので、
一人残ってあとはいちおう解散してと言われる。
風邪っぴきの妹とか帰し、私が泊まることに。

で、猛烈咳しながら、病院のベンチで毛布にくるまり寝る。
夜中に一度、父を覗くとマスクを外しスヤスヤ寝てて、
峠は越したようで、ベンチに戻り明け方まで寝る。

退院と介護付き老人ホームへの入所は、御破算になる。

そのあたりから、水も飲まなくなり、食べ物も口に入れず。痛みも以前より訴える回数が増える。

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学位授与式







学位授与式、行ってまいりました。

99歳で3回目の卒業という、人生でも、大学でも大先輩な方に、大感激しました。

まだまだ、道の途中。頑張らねばと、思いを新たにしたのでした。

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ようやく

ご無沙汰しています(⌒-⌒; )

地味に細々としぶとく通っておりました、放送大学、卒業が決まりました。
長かった!間にお休みもありましたが、13年になります。通信ならではかもしれませんが。

最初は、まひるのためにも発達障害に強くなろうという思いと、がんになったことで、ごく初期とはいえ自分の人生をどう生きたいかと考えることとなり、やり残したことの1つが学びだと思われて、入学。

いろんなことがありました。娘のこと、母のこと、夫のこと、そして、父。相変わらず駆けずり回ってます。それでも、投げ出さなかったのは、意地っ張りというのもあるけど、やはり楽しかったからだと思う。試験前にはきつい!辛い!とは思ったけど、基本的に新しいことを知る!というのは何より刺激的。面接授業では、様々な人との出会いがあるし、好きなんだと思った。この感じ。10代の自分に会えたら、ここで頑張って初志貫徹!勉強しろ!もっともっとライバルは要領よく勉強してんだ!がんばれ!と言ってやりたい。でも、寄り道ばかり、遠回りもそんなに悪くはないとも教えてあげたい。

たぶん入学してからは、けっこう横道に逸れてましたが、それが楽しい。(⌒-⌒; )認定心理士と言う資格も申請すれば取れると思われ、ようやく感はそこに集約されますが、それがあるから統計などと言う苦手な科目を落としながらも何度もトライしたわけだし。。。記憶メモリーは、年々劣化の一途ではございますが、そこは経験でカバー(できていたのか?(⌒-⌒; )。自分が高校の頃習ったことと大きく変わっていた歴史の話など、話は尽きませんが、何より人生の大先輩たちが真摯に学ぶ姿に多くのものをもらったと思います。多謝!

学んだものを実戦で使うチャンスがあるかは、わかりませんが、人生を豊かにしてくれたのは間違い無いと思う。別コースで、もう一回入んなよ!と言う友人の誘惑と闘いつつ、今はただ感謝の気持ちで、学位授与式に臨みたいと思います、下旬なんですけどね。


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感謝



先週、ニフティのFレディ時代からのお友だちの訃報が届く。

昨年、忘年会やろうよ〜と、
例によりオフ会のお誘いをしたら、参加予定だったのが、
体調が悪いので、精密検査になったので、
と、参加見合わせのご連絡。以来、気になりながらの、、、
学年同じで子どもも似たような年頃で、
20余年にわたるお付き合い。
ネットで、いやあの頃はパソ通と呼んでいましたが、
顔も見えないのに、本当に親しくなれて、
自分の居場所を見つけた感が強かった日々。

オフ会出会うのは数年に一度くらいだったけど、
本当におしゃべりしても楽しくて、笑い過ぎてお腹痛かったり、
楽しい思い出しかないよ(T . T)

本当にありがとう〜
お疲れ様。
さよなら。また会おうね。

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寒い~

寒い!寒すぎる!
金曜から、まるで、冷蔵庫の中にずっといるようだ~
今って、4月だったよね~(T_T)

まひるもれおも夢中で観た
韓国の歴史ドラマ「風の国」
ようやく最終回にたどりついた。
あ~、れおが一番泣きました~(^_^;)

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