この頃の母

最近、母はすっかり意識もしっかりしてきた。
本当に、人間の回復力って侮れないと、
母に教えてもらっている私です。

現在の老人保健施設に入ったばかりの時に、
母に「どう?お友だちできそう?仲良しさんはいる?」と、
聞いたら、「だめよ、年上でしかも認知の人ばかり。
私が一番マシよ」
そのころは、母にも、認知っぽい症状が出ていて、
病院からの申し送りに、その条項が入っていて、
弟や妹が、ショック受けていたのだが、
周りの環境で突然、目覚めたか~(^_^;)
その後、どんどんすっきりする感じ。
リハビリが進んで、いろいろ動くのもいいんだが、
たぶん。私は、子どものころ(40年ちょっとくらい前(^_^;)
TVで観たモノクロの「蛇の穴」という映画を思い出した。

かなりの部分がうろ覚えなのだが、
精神科へ入れられた若く美しい主人公が、
さまざまな体験の中で、自分を取り戻していくのだけど、
一番の刺激になったのが、重症者の大部屋に入れられた時に、
「蛇の穴(そう呼ばれていた)に入ったら、自分が一番まともだってわかったの!」
と、恋愛感情を抱いていた担当の精神科医にいうシーンがよかった。
そして退院していくんだ。昔の精神科のイメージって、すごいです。。。(-_-)

たしか、最初は若く映っている主人公だが、
最後は、実年齢になり、実は、若く美しいのは、
彼女のイメージの中で、良くしてくれる若い男性が実は息子で、
年配の人が、実はダンナで、退院の時に、
それなりの二人のツーショットがあって、
そういう仕掛けなのかと、子ども心に強い印象が。。。

母もそうなるといいな。
蛇の穴効果?
リハビリのおかげだよな~(*^_^*)
本人は、今月で退所するって。。。
まだ、3か月たっていないのだけど。

だいたい、孫にお小遣いあげられなくって、がっかりしたり、
我が家の財政状況を気にしてるんだ。
お金のことを考えると、頭がすっきりするんだろうか?
母の場合だが。

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週末だけど

まひると、母の入所した施設に行った。

母は、思いのほか元気で、
リハビリも頑張っているようだ。
今までの病院のようには、私を含めていけないので、
顔を出すと、いない弟や、妹たちの予定を母は、聞きただすのであった。
まひるが来たのは、とても喜んでいたが。
開口一番は、「甘いもの、持ってきた?」
「ここでも、おやつがあって、出るって聞いたよ」とわたし。
「だって、ほんのちょっとよ」
このところ、体重増加が著しい。
母は、食欲だけは落ちないのだ。
少しセーブしたいのと、
施設では、部屋で食べてはいけないことになっている。
ま~、カロリー控えものを少し、用意するかな?

また、携帯電話を持ち込めないので、何かと、不便なようだ。

弟が、来たので入れ替えで、母のところは出た。

向かいが、大きなホームセンターと、イトーヨーカドーなので、
まひると買い物をする。
普段見ないものが、たくさんあって、二人でついつい時間を取られる。
買い物も、掃除用品を中心についつい買い込んだ。
ミスドーもあるし、あれこれ欲張るのでした。


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ニアミス

母を久しぶりの脳外科に連れて行くべく、
妹から診察券を受け取り、大学病院へ。
(母は、末の妹が車で連れてくる)
まひるが、学校閉鎖になったので、
(おそるべし、インフルエンザ)
連れて行った。

久しぶりなので、初診扱いで、
機械で受付してもらえず、、
番号札をとり、書類を出して椅子に座って、
待っていたら、父と同じ名前の人が呼ばれている。
「あれ?ドウセイドウメイ?」とみると、
父だった~coldsweats02

ささやかなことだが、退院に際して、
あれこれ口を出して、われわれを困惑させている。
母も会いたくないはずだし、
私も、もともと、長い待ち時間、
隣で聞きたくもない話を、聞きたくはない!
そもそも、今日母を連れてくる話はしていないはず。

おもわず顔を下げて、目が合わないようにした。
父は気付かず通り過ぎた。
なんで、よりによって今日、ここの病院なんだ~と、
まったくわけがわからない。
狐につままれたようだ。

少し遅れて、母の名も呼ばれて、ようやく脳外科に行ける。
父は内科かとおもい、もう合わないだろうと持って行くと、
脳外科で、血圧を測っていたgawk
な、なんで~~
おもわず、母と一緒の妹にメールする。
受付だけ済ませ、担当の先生は、移動になったこと、
混んでいるので、2時間ほどまつだろうとのこと、確認する。

父に見つからないよう気をつけて、
科の受付を離れる。。。。
まひるとさんざん時間をつぶすのであった。

母は、結局2時間以上たってからきた。
どうしても、準備に時間がかかるようだ。
診察は、思いのほか、あっさりすんでしまった。
執刀医が、いないというのもあるが、
どうも、うちは手術までで、
その後のことは、預かり知らず、
みたいなニュアンスで、
アフターケアは、今まで入院にしていた病院で、
というスタンスなんだというのを確認しただけであった。。。
(あっちの病院には脳外科はないのに)

それにしても、「さっきご主人来てましたよ」と二回も先生に言われた。
うちの両親は、別居中だし、保険証の住所とかも違うから、
なんで、夫婦だってわかるんだ?
苗字だって、ありふれているしな~
そもそも、それをわかっていても言わないのが、
ルールのような気がする。

会計が、また待たされて、すっかり昼になってしまったので、
病院のレストランでランチする(絶対、バリアフリーだものね。便利)

母は、午後から老人介護施設に入所だったので、
そのまま付き添おうと思ったら、
仕事に行っていた次妹が、駆け付けたので、
私自身の病院に行くことにして、別れたのでした。
(もう完全に前の晩は、喘息の発作でした)
そして、家の近くで、点滴してもらった。
久しぶり。。。

本当に、心身ともにぐったりした一日であった。

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連休ですが

結局、毎日、母のところへ行っている(-"-)>シルバーウィーク

昨日は、ケアマネージャーさんと、デイサービスさんと、
デイケアさんと(これって、母のことがなきゃ、
きっと今でも知らなかったと思う、違い)
顔合わせ、契約、打ち合わせ。ふ~
1時間のつもりが3時間かかった(T_T)

今日は、老健へ、母を連れて行き、
申込。見学。
とってもきれいなところだった。
目の前は、スーパー銭湯\(◎o◎)/!
まひるを連れて行き、二人で帰りによろうか?

ま~いずれも私一人ではなく、妹や弟がいるんだが。
けっこう疲れます。母も疲れたろうな~
人見知りなので。。。

老健って、なに?な私でしたが、、、
(とっても中途半端な施設だよな~)
医師と看護婦さんは、いるんだ。
そして、自立支援のためのリハビリをしてくれるんだって。
(老人ホームと何が違う?とおもいますが)
半年は居れそうな感じ。

結局のところ、母のところへ、家族が通うのは、変わらず。
行き先が、方向が違い、老健になっただけか~
面会時間が、やたら長くなった。午前中からいいのだ。
洗濯機があって、家族がやることになっているし。。。

昨日は、弟の一人暮らしのマンションに母は
泊まったのですが、すごい不服そうで、
ご不満だったのを置いてきたので、
ちょっと心配だったが、、、
弟は、着替えとか、トイレの介助をほとんどしたことがなかったので、
(母がさせないという部分もある)
そこが、お互い心配だったわけで、、、

大掃除をしたというけど、、、
男やもめにウジが湧くっていうけど、本当。
もっと掃除ちゃんとしろ~!(-"-)
部屋の隅の髪の毛の塊、洗面台、
トイレの水を受けるところ、
真っ黒なんですけど、、、
もうちょっと、きれい好きだと思ったけど。。。
おもわず、クリームクレンザーで洗面台は、ゴシゴシしちゃったよ。

うちもあまり言えませんが。。。。

母の家には、介護保険のレンタル品の
車いす、歩行器、手すり、ベットがあるんだけど、
これって、老健に入ると決まったら、
入所の前日撤去なの。
保険がダブルということで、、、
でもさ、一晩ベットも、手すりも車いすもないなんて、
なんて不便なの。お役所仕事だな~
で、さほど高くないし、
車いすは、絶対いる!ということで、
老健の帰りに三人で、買いました。
消費税が、かからないんだよ>車いす

自分が直面して初めて知ることの多いこと。

母は、週末には、老健に入れそうで、
せっかく打ち合わせした、デイサービスは、数日でおしまい。
まあ、いつか出てきたら、またお世話にはなると思うけど、、、
なんだか、分かりにくいシステムだな>介護保険

病院からの申し送りで、母の認知度が、3になっていたということで、
妹と弟は、ちょっとショックっぽかったが、
今日が何日かと、今自分がいる場所が、わからないから
仕方ないよな~(-"-)
私は、今より悪くならなければ、OKと思っているが、
弟と妹は、元に戻る、戻したいと思っているよね~
目覚ましいものは、期待しないが、いろいろ刺激が増えて、
少し、覚醒してくれるといいな。

脳外科は、昨年秋の手術以来、行っていないので、
行きたいと思っていたら、
老健にいる間は、行っちゃいけないんだって。
二重に医療を受けることになるから、、、
わかりにくいな~
今までかかっていたところに、行きたいじゃないね~
まして専門性は、高いしな~
とりあえず、連休明けに連れて行くしかないな!
やれやれ。まだまだ、落ち着かないみたい。

どこを使うにしても、どこにいても、
母が少しでも快適なら、それがいいね。

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母、退院す

私が、法事に言っている間に、
母は長い入院生活にピリオドを打ちました。

家には、介護保険で突っ張り式の手すりとか
つけてもらい、介護ベットを入れました。
けっこう起きていられるんだけどね。

かえって最初に言ったのが、
「(入院中)全部でいくらかかったの?
領収書見せて?」
母らしい、すごいな~

ただ、やはりリハビリが、なかなか思うようにいかないので、
トイレやら、買い物やらは、たいへんだな~

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とりあえず

まひるは、木曜の朝まで熱が続いた。
金曜の夕方に、通学許可の印をもらいに病院へ。
(少し前倒しだが、月曜まで学校に行かないのと、
土曜の病院は、行けないので)
夫も、私も、もちろんれおもうつることなく、
乗り切った(^_^;)

うがいと手洗いのおかげかな?
いろいろ買いました。
アルコールの入った、ウェットティッシュ。
除菌効果のあるスプレー(アルコールとはちがうんだけど)
これは、手にスプレーしたり、ときおり空気中にも。
あと、プラズマクラスター機能付きのクーラーは、24時間働くようにし、
時々は、空気の入れ替えを。

あと、ふたつきのごみ箱。
これは、救急で行った時に行った薬局に、
ティッシュを捨てるごみ箱は、
ふたつきじゃないとダメと書いてあったと、
夫が言うので、隣の駅まで探しに行って、
ハンズにて購入。枕元用の小さいの。

使い捨てのマスクは、ストックしてありました。
寝る時も、みんなでしておりました。
アルコールティッシュで、時々は、
まひるの触るTVや、そのリモコン、ゴミ箱とか、
拭いていた。

れおの野球部は、土曜日試合でした。
なんとか、天気も持って、遠路はるばる応援に行きました。
れおの出番はなかったけど、快勝しました(^^)v
次は、出番があるといいんだけど、
背番号が二ケタで、ベンチ入りの中では、大きい方だから、
う~ん、監督の期待感は薄いな~と思うのでした。
れおも「次は、ひと桁にしないとな~」と、
新たな目標を立てるのでした。

ふぁいと~

母の退院も、順調ならば、
週のうちになるもよう。。
母の住まいは、うちからだと、
病院より遠いのと、ネコのいるため、
アレルギーが出て、数時間しかいられないため、
弟と妹には、ローテーションには入れないでくれと伝えた。

そろそろ軸足をまひるに戻さないと、
取り返しのつかないことに
(今でも十分、取り戻せないとこ多いけどね~)
特に、勉強見てあげないと、無理だ。
週末は、また学校周りしたり、
れおの試合も見に行きたいしね。

義妹のとこ、母のとこと、行かないといけないことに変わりはないが。

ま~、今の母の家はいずれ引き払うことになると思う。

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母、熱を出す

母は、新しい部屋に移って、
すっかりトイレ我慢するようになってしまって、
行くたび、速攻でトイレへ連れて行く毎日。
換気扇工事で、行くの遅れた日も、
電話で、トイレ言っておいてねと言おうとしたが、
出ないので、急いだのだった。
着くと、母は車いすに乗って、
小刻みに体を動かしている。
相当我慢したと、ピンときた。

あわててトイレへ行くが、、
車いすや、歩行器で入れる大きいトイレは、
生憎ふさがっていて、小さいトイレに入れようとしたら、
バランスを崩して、よろけてしまった。
あわてて近くの看護婦さんに手助けしてもらって、
事なきを得たのだが、今度は、なかなか出てこない。
何度声掛けても、「まだ」と。

30分を過ぎたので、「まだ」と言われたが、
ドアをあけると、吐いている。
「看護婦さん呼ぼう」といったが、
「いい」と言われたが、これは私には対処しきれないと、
と呼んだ。二人が来てくれた。

なんとかベットに戻すと、手が震えている。
何かの発作?と思ったが、看護婦さんと、
他に異常がないかチェック後、体温を測ると、
37.7度。看護婦さんが、「これはまだ上がるわ。
途中だから震えているの」と。
40分後、38.6度。

小さい私に、「トイレ我慢すると病気になるよ」と、
教えてくれたお母さん、今、その言葉そっくり返してあげる。
膀胱炎。我慢しないで、看護婦さん呼んでね。

翌日には、薬が効いて平熱に。やれやれ。
看護婦さんも、時間で、有無を言わさず
トイレへ連れて行くようになりました。

あとは、お隣の方が、カーテンしめ切っているのが、
何とかならんかな?向かいの方は、御高齢で、
ほぼ寝たきりだから仕方ないけど。

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母お引越し再び

母が、病院内で、移動になった。
ま~、退院引き伸ばし作戦の流れで、
仕方ないんだが。
個室→そばに歩行器や車いすを置くスペースが、
充分にある四人部屋→六人部屋(車いす置くのが精いっぱい)

しかも壁側で、隣の人が、カーテンしめていると、
暗いったらないの。。。荷物もまた減らさないと。

まひると早めに病院着くように行ったのだが、
もう、かなりのものをワゴンに乗せられていた。
階によって雰囲気が違って戸惑ったが、
やはりお別れはさびしい。同じ病院内でも。
エレベーターにたくさんの荷物と、分厚いカルテを持って移動。

新しい階には、以前お世話になった看護婦さんもいて、
「また、よろしくお願いします」とごあいさつはしたのだが。
その夜、一人でトイレに行こうとして、こけたらしい(-"-)
看護婦さん呼ぶの嫌いなところ持ってきて、
新しいところだから、よけい。

日中は日中で、
私が、早く帰らないといけないから、
「おトイレは大丈夫?」と帰る予定の15分前に確認したのに、
弟たちへの「連絡ノート」を書いていたら、
ギリギリの時間になって、
「トイレ!」と言いだし、ベットから起こし、
歩行器を持ってきて、歩かせてトイレへ
(前の階ほどトイレが、広くないので、
歩行器のままはいる方が、楽。面倒だけど)
結局、20分はかかってしまった(T_T)

足元に、タッチパネル?が、置かれた。
夜だけスイッチを入れるとか。
乗るとセンサーが鳴って、動いたとわかるの。
のったとわかってからじゃ遅い気はするが、、、

こんな私にご褒美か、、、
リプトンのストラップが、やっと当たったよ(^^)v
ミルクティー30本以上は飲んだぞ!
れおとまひるも結構飲んだしな~

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母家に帰る(数時間だけど)&大人買い

れおもまひるも、夏休み突入。
夫は、出張に突入。
なんか三人だと、ま~まったり気味(^_^;)

れおは、朝から野球でいなくなるので、
まっ、いいかとおもいつつ、
まひるは一人にしておくと、あれこれ気を使う。
自然連れ歩く破目に。

れおも、初戦負けしたショックからか、
監督が、2日休みをくれた(^_^;)
「一日は、ママがお小遣い出すから、
おばあちゃんのとこ行ってあげて。」
「うん、わかった」と。

れおが、入院中の母のところへ行く日、
遅れて行ったのだが、れおは先に着いていて、
母が、うれしそうにしていた。
冷蔵庫のお茶類を片っ端から飲むれお。(-"-)
もらいもののお菓子も片っ端。
まあ、それはそれでいいのだが。

母、「れおがいい子で、おばあちゃん好きになっちゃった」
と上機嫌。あんたは、昔かられおは、溺愛してるだろうが~
まひるがいるのに、るんるんで、語る語る。
「お小遣いあげたいけど、今、持っていないからごめんね~」
とも。
「いいんだよ、おばあちゃん。また来るよ」とれお最上級の笑顔。
すいません、私が、結構あげました!>おばあちゃん

あとから来た弟にも「れおがいい子で、いい子で」と
手放しで話す。「もうすぐ誕生日だったね~27日だね」
わ~自分の誕生日もおぼつかないのに、
初孫の誕生日は、忘れないんだ!偉大なり、孫パワー!

母は、月末に退院がお約束で今の大部屋に移ったのですが、
いろいろ手をまわした結果、(^_^;)退院は先延ばしに。。。
(主治医の情に訴えるとも言える)
が、リハビリの先生から、「何ができて何ができないか、
見極めてほしいので、一度、家に帰ってみてください
(外泊は不可なので、数時間)」とのことで、
バタバタと自宅に皆で集まる話になる。

母が、「誕生会をやってくれ」というので、
(昨年、今年とやっていないので。そういうのは好きなの)
私は、まひると母のマンションで用意をすることに。
母の好きな「そーき汁」を作り、
寿司を駅前のスーパーで用意する。
昼過ぎ、母は、1年数か月ぶりの自宅へ。

弟も来て、家族水入らずで、ささやかな食事会。
母は、上機嫌。が、私とまひるは、ねこの毛やら、
カビ臭さに(何と言っても、一日おきくらいしか、
窓を開けていないので、どうしてもカビが(-"-))
タイムアウト!目がかゆい、鼻水が出る。
まひるは、好きなものを前にしても無口に、、、

母のところを出たのだが、朝、夫から、
仕事が早く終わりそうだから、
クーラー見に行こうと電話があった。
わざわざ、クーラーを見に戻ってくるのだ。
ビックカメラで待ち合わせをしたのだが、
あまりにも体調が何なので、、一度家に戻り、
まひると休憩を取る。

で、夕方仕切りなしをして、夫と合流。
クーラーは、夫も私も、シャープが気に入っていたのですんなり。
(プラズマクラスターで、空気もきれい(^^))
寝室のクーラーが、昨年のベランダ防水塗装の後、
動かなくなってしまったのだ。この1ヵ月、暑くって死にそう。
まひるのかき壊しは、悪化。
隣室のものは、まだ動くのだが、音が怪しいので、
いっぺんに取り換えてほしいと、夫に頼んだ。
ついでに、静音タイプなのに、
音のうるさくなってしまった洗濯機も、
乾燥機能付きのものに、思い切って買い変えてもらった。
こちらもシャープ。ステンレスの穴無洗濯槽は
気に入っているのだ(*^_^*)
この機会に、動かない乾燥機も、その台も処分を依頼。
こういうのを大人買いというのかな~?

工事の日までに、まひると、片づけしないとな~
あっちもこっちも。

ついでにというか、キッチンの換気扇も、壊れたので、
こちらも見積もり依頼をしないといけないのだ(>_<)
ついでだから、ガステーブル(ときどきつかない)と
ビルトインの食洗機(ときどき水漏れ)の入れ替えも頼もうかと、、
引っ越してくるときにあれこれ治しても、
かれこれ、13年。どれもこれも寿命か~
一応、夫に許可を得た。
本当は、引っ越したいんだけどな~(^_^;)

買い物後、三人で、「紅虎餃子店」で、
(夫は別な店行きたかったんだけど、
まひるのこだわりが出ちゃって(^_^;)
でも、夫は、初めての紅虎だったけど、
気に入ったみたい)夕飯。
おいしゅうございました。

店員さんが、店をでた私たちを追いかけてきて、
私の上着と、携帯を渡してくれたのは、ご愛嬌ということで、、
思いっきり、夫の笑いを誘った(-"-)
夫は、出張先の北関東へ戻って行きましたとさ。


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ふれあうということ

子どもが小さい頃、ベビーカーで動いていると、
良く話しかけられた。
いろいろ話しかけてもらって、
核家族の私には、とてもありがたいと思えた。
親ではない人間の話しかけ、子どもに必要だったと思う。
れおは、全身でにこにこして、答える子だった。

最近、母の車いすを押して、散歩をしていると、
当時を思い出す。
もちろん、目で、挨拶してくれる人とか、
ご苦労さんとか、声をかけられたり、
母もにっこりと答える。

水辺に、アメンボがいるのが、見えたので、
母に「ほら、あそこにあめんぼがいるよ~」
などと、千鳥が淵をのぞきこんでいたら、
年配の作業服の男性が、
「ここには、鯉もいますよ。カルガモも。
今、餌をやるとこだから、一緒にやる?」
と、パンを下さった。
母に渡すと、うれしそうにちぎっては投げた。
カルガモ三匹が、あっという間に近づいてきて、
すごい勢いで、食べてくれた。

しばらく母は、本当に楽しそうだった。
そして、少し離れたところから、
私たちを見守っていてくれた、
件の男性に、会釈すると、あちらも会釈してくれた。
母も、深々と会釈していた。
ちょっと、心の温まるいい時間だった。
こんなふれあいは、今の母には、本当に必要なのだ。

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5月病の前に、、、

毎朝、朝練のれおの朝食&お弁当作りで、
2時に寝ても、5時起きしていたら、、、
そりゃ~、ふらふらだ~
(早く寝ろって、話だよねdespair
子どもを送り出して、目覚まし1時間後にかけて寝ても、
絶対起きれない。そもそも、寝れる日はまだいいが、
アルバイトの日は、、、、、wobbly

そんな寝不足の体に鞭打つように、
今年、2回目の生理が来た。
例によって、量、爆裂!痛み、特大!
またも、痛み止め効かず。。。眠れず。
しかも、この4月から、また貧血注射始めたのだ。
せっかく作った血を捨てているよな~(;一_一)

それでも、れおの部活の保護者会&親睦会。
様子を知りたいので、不調を押して参加。
酒飲まず。。。。それでも、何人かのお母さんと、メアド交換。
まひるの方の役員の引き継ぎ&地元の議員とか、
町会の人とか、役員のOBとか、結構盛会な会とか、
重なりまくり、しかも銀座だし。地元っと言えば地元。
久しぶりに、あまり飲まず、あまり食べずな宴席二連発。
会費が惜しい!!!

そして、今日も、明日もお弁当!!!
そしてバイト!

さすがに、当日は、パスしてしまったのだが、
母が、大部屋に移りました。
(個室にずっといたので、荷物が増えちゃって、、、)
これで、何ヵ月後かには、退院または、転院をしないといけないのだ。
母も手術から1年。ようやく、中腹が見えたのかな?と思うことに。
お部屋の他の方と話したり、車いすでトイレに行ったり、
寝たきりだったとは、思えないでしょ~(*^_^*)v
あとは、ときどき混乱する記憶が、落ち着くといいな~

時間的にも、私が、母の車いすの散歩の係りに、
しばしばなるのですが、、、これが、けっこう腰に来る。
何といっても病院は、坂の上。
ちょっと、動くと必ず坂を上がったり下がったり。
それでも、桜の開花と前後して始まった散歩。
あっという間に、銀杏の新緑が、日々濃くなっていく。
母と見られたよかった。そう思う。

そして、今日も寝不足か( 一一)

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キリン ノンアルコールビール フリー

初めて、CMを見たとき、
あっ、これもしかしたら、母にいいかも。っていうか、
母のためにあるみたいじゃん。
だって、病院入院しているのに、
「なに飲みたい?もう少し、水分取らないと。」
というと、決まって「ビール」って、言う母なんだもの(;一_一)

で、あるときコンビニで見つけ、
母の病室に持って行きました。
で、夕食のとき出してみました。
コップに注ぐと、どう見てもビール。
母もうれしそうに、妹や、私にも、
「一緒に飲もう」と勧めるのです。

口に入れてみたら、あっ、今まであったノンアルコールのより、
味もぐっと、ビールに近づいた気がする。
うまいとはいいませんが、けっこういいです。
看護婦さんに見られても、堂々としていられるし、
100cc水分取らせるのに、本当に苦労していたのに、
これなら、一気に300は飲んでくれます。

先日、雨の日に、切らしてしまって、
母の「絶対飲む~。買ってきて!」
で、妹、弟、私、と振り回されるのであった。
(ただのわがままな子供になっている)

看護婦さんにも、「これ病院の売店に置いてくれないかな?」
と言われている始末。
男性の入院患者に、結構多いんですって。
ビール飲みたがる人。

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母、混迷

母のところに行くと、
「遅いね~」といわれた。
天気が悪いと、なんとなくいまいちな感じの母だ。

手を拭いたり、なんだりしていると、
「うがいがしたい」というので、「ベットでする?用意しようね」というと、
「あっちへ行ってやりたい」という。
ベットから車いすへの移動は、一人では無理なので、
看護婦さんに頼むしかないので、
「看護婦さんに移動をお願いするしかないよ。」というと
「なんで?タクシーですぐでしょう?」「・・・」なんかこの辺で、
「あれ?」とは思ったのだが、「ここにはタクシーは来ません。
車いすに移動するなら、看護婦さん呼ぶよ」となり、
移動をお願いする。部屋を出る時、
寒いといけないと思ったので、
肩かけをかけると、着るやつ(ガウン)がいいという。

ようやく洗面台に連れて行くと、
「なんでここにはいるの」と怒り出す。
「うがいしたいって言ったから」というが、
首を振って、話したくないという感じ。
「あんたといると、頭おかしくなる」とまで言う始末。
「なんだ~!どこ行きたかったんだ~」と悩む。
「部屋の主が、出てこない。おかしい!」ともいうし。
空の部屋を見せて、そんな人はいないよと見せた。

外へ行くという母に、それはできないというが、
納得できないようだ。
じゃあ、売店に行くというので、
休日で早じまいした後だが、
飲み物は買えるので、行って見ると、
「ビールはないの?とりは?」
居酒屋じゃあるまいし。

その後きた妹たちにも、
「ビール買ってきて!」と頼みまくっている。
完全に病院にいることを忘れている。

その前にも、「おばあは?」といわれ、
祖母のことだとはわかったが、
「どこのおばあ?いっぱいおばあはいるよ」と返すと
「おばあはおばあよ」あ~やはり。これで、二度目かな?
「おかあさん、おばあは死んだよ。何十年も前だよ。
私が、八つの時だったよ。
だいたいおかさんは、今、74だよ。
十人兄弟の末っ子のおかあさんは、おばあの幾つの子?
40近いでしょ?そしたら、生きていたら、
110を越えちゃうよ。」
なんとなく納得できない感じだったので、
親戚に聞いてみればと言った。

従姉から、果物をもらったのを食べたので、
お礼の電話をかけるというので、
かけたらお礼の後に、
「聞いてもいい?おばあはどうしている?」と聞いている。
「やだおばさん、おばさんがおばあなのに、
おばあが生きていたら、いくつよ。
100越えているよ。」と従姉は答えてくれた。
ちょっとほっとした。

母が言うには、沖縄の伯母が、おばあと一緒に
病室に来たのだという。
「おばあはまだ生きていたの?」と
伯母に聞くと、「もちろん」といったのだという。
「おばあが、お母さんを心配して、
枕元に来てくれたんだね~(^^)
今も、見えなくってもきっと、
心配して見守ってくれているよ。
ありがたいね~(^^)」と私は言った。
母も「そうだね~治ったらお墓に行って
いっぱい拝まなきゃ~」
そこに落ち着いて、ほっとした。

と、ぼそっと「おまえも、もう50になるんだ~
おそろしい」しみじみいう。
そこかい!そこに落ち着くのかい!angry

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母、介助つきで歩行訓練はじめました

母は、月曜から他の階へ行っていいという
主治医からの許可が出たので、
リハビリ室に行けることになりました。

私は、月曜には行けなかったのですが、
立つだけ、足踏みだけでもというつもりだった
リハビリの先生が驚くほど前へ進んで、
休み休みではありますし、
バーにしがみつきながら、先生の介助つきではありますが、
30歩ほど進んだそうです。scissors

翌日、実際見ましたが、
本当に少しずつですが、今までよりは、
意欲的に、前へ前へと、進んでいるのが、
よくわかります。

また、夜眠れないと訴えていた母が、
少しですが、動くことでよく眠れるようで、
それも何よりのこと(*^_^*)

今年、ひな祭りらしいことは何もしていないが、
祖母の命日でもあり、ちょっと、祖母がプレゼントをくれた気がした。

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母、自分で箸でうどんを(/_;)

母は、数日前、自分で、気管の管を抜いてしまった。
長いこと、はずすはずさないで、すすまなかったのを
自分で勢い良く進めてしまいました(^_^;)

「はずそうと思っていたので、このままいきましょう」
ということに、主治医との間で決まり。
週はじめに吐いたので、鼻からの栄養もストップなので、
顔まわりの印象が、ずいぶんすっきりした(^_^;)

で、体調がいいのでということで、
どろどろの訓練食から、
なんと一気に普通食になりました。
初日の今日は、主治医待ちで、2時半から。(-_-)
主治医の進めで、うどん、カボチャ煮付け、ゆで卵、
バナナと、自分で箸やスプーンで、食べちゃいました~
看護婦さんも、当番の人の他に、師長さん、
いつもいらっしゃる方と、ギャラリーも多目。
長い道のりだったけど、けっこうあっさりと、越えて
「おいしい」と少ししゃがれた声で、
ご満悦の母なのでした。

師長さんも
「この日が来るとは。予想もできなかった。」
そうなのよ、二度目の大学病院の手術の後は、
本当にぐいぐい進んだのよ~(^^)v

ただ、これからは、好き嫌いが多いので、
がんばって食べさせないとな~
新たな心配ではある。

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合掌

今日、病院へ行ったら、
母は、レントゲン等、予定がぎっしりの日で、
3時過ぎに出て行ったら、戻ってこないので、
ナースステーション前のソファーに腰掛け、
本を読んでいた。

母の隣の個室が、出入りが多く、
漏れ聞こえる言葉の端々で、
亡くなられたんだな~と思った。

奥さんは、毎日見かけるのですが、
亡くなられた方は、お顔は知らない。
奥さんと同じぐらいだとしても、母と同じか、
少し上くらいだろうか。
それでも壁一つで、この数か月お隣だったわけで、
そっとご冥福を祈るのでした。

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母、孫に電話する

夕方、スーパーから帰って自転車を
マンションの裏に止めていたら、
電話が鳴った。
母からだeye
「もしもし」おお~以外にしっかりした声だ~
「れおどうした?」「え?」
「試験よ」「あれ?受かったって言ったじゃん。
滑り止めだけどね」
「それ忘れていたから、おめでとう」
そうか、孫と話したかったんだ。
というわけで、部屋に戻って、
れおに電話させる。

嬉しそうにしばらく話している感じであった。
電話切ったれお。
「おばあちゃん、かつぜつ(滑舌)良くなったね。
学問は一生の宝だから、っていわれちゃったよ」

おお~すげ~恐るべし。ばあちゃん。
「今度、来るとき電話してから来ないと、
いないかもしれないからね。って、言ってたよ」
(;一_一)それ、みんなに電話の最後に行っているらしい。
退院する気満々ジャン
本当にそうなるといいんだけどね~

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忙しいです

月曜から、のどが痛く、かなりやばいとおもいながら、
忙しくて病院行かず、母の病院へ。
夜、咳が猛烈に出始め、夜眠れず、
火曜日、子供を送り出して、(れおは私立受験で、お弁当もち)
少し寝るも、咳止まらず。
朝一の点滴の患者が落ち着いた時間狙いで、
11時ころ病院へ。先客二名。
点滴と、飲み薬を。
看護婦さんは、れおの野球の先輩のお母さんなので、
しばらく雑談。午後は母の病院へ。

歯の治療に先生が出張してくれる。
入れ歯がどうにか、新しいものが、できた。
しかし、相当長く、入れ歯を入れなかったので、
(大学病院で手術して、5日目に入れてくれたときには、
もう入らなかった(>_<))
とにかく違和感が強いらしい。
しばらく寝る時もしてくれということでしたが、、、
看護婦さんに頼んで帰る。

夜、咳で眠れず。午前中寝ていた。
祭日なので、みんないる。
れおが、まひるがいると落ち着かないらしい。
それに、まひるも学校では、劣等感にさいなまされることばかり、
家でもイライラした父や、兄に、叱られるのは、
かわいそうなので、(私も家ではつい叱ることが多いし)
銀座にチョコレートを見に行きたい。
というので、少し前から行く約束をしていたので、午後から行きました。

母が、全然孫が来ないと嘆くので、
(少し話せるようになると、とかくネガティブで、
私も、好き嫌い言わないで食べろとか、
リハビリしろとか、言う方だし、
「うるさい」とかえして来るしで、少しストレスかもお互い)
まひるに、ともチョコ1個買ってあげるからと、
連れて行く。妹の他に、叔母が、従妹を連れてきていた。
すごく喜んでくれた。母のことも。まひるに会えたことも。
私は、咳がひどいので病室の外にいた。
叔母と、祖父の命日ですね、と話をしながら、
可愛がってくれた祖父母に心の中で合掌。

母に別れを告げて、銀座に着いたのは、もう夕方に近かったが、
まず、プラザ。すごい人だ~(>_<)
ここは、見ていて楽しいし、リーズナブルなのがそろっていて、
ラッピングもかわいい(*^_^*)
まひるのお目当ての試食はないが。。
早々に帰りたがる。
私が一人で、化粧品コーナーを見ていると、
友人親子が、目の前を通った。
呼びとめて、先日、中堅の私立の中学に受かったと聞いたので、
「おめでとう~頑張ったね~(*^_^*)」と褒めると、
とってもうれしそうにしてくれた。
これから、三越に回るというので、うちもその予定よと伝え、
あとで会おうね~と別れ、まひるの選んだチョコを会計、ラッピング。

今年、義理チョコは売れないという話だったが、
けっこう、大量に買い込んでいる人多いよ~
銀座三越に行くと、さらにすごい人で、
酸素が足りない感じ。しかも高額なのが多いのと、
人が多いので、試食も下げられて、またもまひるがっかり。。
無事、友人と合流したが、これじゃあねということで、
アイスを食べたいという子どもたちの希望をかなえるためにもと、
松屋に回る。こっちでようやく試食にありつき、ニッコリの子どもたち。

ソフトクリームで一息つき、ともチョコを物色。
自分の友達の分は、自分で買えと言ったにもかかわらず、
私に買わせようとする(;一_一)なんてやつだ。
けっこう大人数分がいるようなので、
MUJIの自作キットを買いなさいと、
松坂屋へ移動。友人とはここで、バイバイ。

松坂屋で、MUJIのキットを買う。
「ところでいつ作るのよ~?」「明日か明後日」ぎりぎりだよね。

夜再び咳がひどくなり、薬をずっと飲んでいる体調不良もあり、
気持ち悪い。今回初めて、おなかがつりそうでした、咳のしすぎで(>_<)
そして、木曜日、また、点滴へ。
れおは、私立の抑えに無事合格をもらう。
れおいわく「合格発表、ほぼ連番、あれで落ちたのいるの?」
ああたがそういう学校を選んだんだろうが、、、


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母、スプーン記念日

母は、おむつ代がもらえるらしいというので、
妹たちと介護保健に申し込んだ。
そうしたら、1ヶ月半、通知が来た。要介護5

ま~、自分じゃ何もできないので、、、( 一一)

夏ころは、なんだか母という器に別ものが入っている気がしていたけど、
最近は、やはり母です(^_^;)
水頭症の手術をしてからというもの、意識レベルがどんどん上がっていて、
ほとんど最初の手術前と変わらない感じ。
気管切開のせいで、しゃべれないのではありますが。
脳というのは不思議だな~と思う日々です。

今日、TVで、ミュージカルの「テニスの王子様」の主役をやった子が、
17歳で、交通事故で、脳にダメージを受け、
今なおリハビリしながら、舞台に立っているというのをやっていて、
泣けた~~ 23歳のイケメンのお兄ちゃんなんだけど、
普段のしゃべり方もちょっと、舌がうまく動いてないんだろうな~
って感じなんだけど、舞台に立つとけっこう頑張っちゃうらしい。

「簡単ですよ。あきらめないことです。それしかないって」
記憶障害だってあるし、体だって、麻痺が残っているのに、、、
おもわず、ファンになっちゃいました~

で、母ですが、すっかり調子がいいので、
また家族が、食事以外に希望するものを食べさせていいと
許可が出たので、私は、カボチャのプリンを買って行った。
(他にも買ったんだけど、母が食べたいって言ったのはそれだった)
リハビリの先生に自分でスプーンを持たせて
やってみてと言われていたので、
スプーンに持ちやすくする補助具(ダイソーで売っていた(*^^)v)を
つけてやらせてみたら、なんと、3口も食べられたの\(^o^)/
春の手術以来、初です~!

だから、今日はスプーン記念日!

手足も、ずいぶん動くようになって、
座っても結構安定しているので、本当に、よかった!

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このごろ

母は、元気です。
家族にはいい顔しなくっても、
看護婦さんや医師にはいい顔してます。
社会性があるということで、良しとしよう。

手を振ったり、ニッコリして喜ばれています。
介護認定の面談に来た人には、
ぴくりともしなかったが、、、

母は、最近、脳外科の4人部屋です。
うち二人は、人口呼吸器がついたりして、
母より重症という感じで、
ご家族もお見かけしません。
共用ロッカーをあけると、
おむつの買いだめでいっぱいなので、
ご家族がいないかいても遠方か、、、と思います。
で、もう一つは、短期の人用で、
手術から数日の方がほとんど。

で、この数日がたいへん!
たいてい最初は、妄想やら、夢と現実の区別が、、、
病院にいるのが分からず、帰りたがって、
動くの禁止なのに、ベットから降りようとする。
こちらもだんだんわかってきて、母のそばにいて、
看護婦さんいないときは、基本、お相手係(^_^;)

母の管ものをベットから手をのばして、引っ張ろうとしたときは、
命にかかわるので、厳重に抗議しましたが、
看護婦さんは本当に大変。
5分置きに、拘束を取って!と叫んだり、
包丁を持ってきてと言ったり、
そのたびに「あとでね。」とか、「先生にきこうね。」とか、
「もうすこしいてほしいな~」とか、
たいていは、数日で落ち着き帰っていかれるのですが、
脳を切るって、本当に大変なことなのだな~と思います。

それに応対する、若い明るい看護婦さんたち。
本当に、「今どきの若いもんは・・・」なんてセリフは出ません。
頭が下がります。手際良いし。

母なんか、しゃべれない分、かわいいもんです。
基本動けないし。。。
来週は、また、転院です。

私はといえば、風邪をひきました。
咳が出始めたので、点滴。。。。(-_-)

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バタバタの一週間

火曜日、母のところを出ようとしたら、
研修医の方が、来て
「明後日手術なので、ちょっと、準備を・・・」
「え~、木曜手術に決まったんですか~」
なんだか唐突だが、もともとシャント手術のために
転院したようなものだから、
それはいいのだが、
木曜って、、、東京ドームへ友人と行く予定。

そんなこんなで、家族の都合は無視して、
翌日は準備&手術の説明。。。
1時間程度とはいえ、全身麻酔。
三か所ほどメスが入る。

手術室への入室が8時半
(母の顔を見ようと思ったら、8時に着かねば、、、)
というわけで、木曜の朝は大回転で、
朝ごはんと夕飯を並行して作り、
なかなか起きないれおとまひるをたたき起し、
何とか病室に着いたのは、8時10分。
すでにストレッチャーに移動の手筈が、、、

そして、20分には降りて行ったのであった。
三女間に合わず、、、「もういないの?」
それから、病室移動のためバタバタ。
1,2日は、ナースセンターの前の術後管理室なのだ。

その後、弟もついて、4人で12時まで待つ。
無事終わりご対面。ほっとする。
これで改善するといいのだが、意識レベル。
夕方まで、母のそばにいて、東京ドームへ。

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おだやかに

母が、急に転院が決まり
(担当の医師同士の決定なのでまわりがあたふた)
看護師さんがいろいろ動いて、
今までいたところでは、フロアの看護師さんが
みんなで、「よくなって帰ってくるのよ!いってらっしゃい!」と
エレベーターでお見送りをしてくれて、
手配の介護タクシーが見なくなるまで、
最後の見送りの師長さん&マネージャーが見送ってくれて、
涙目になった。小規模病院の良さだよね~きっと。

母はといえば、目はピクピクするが、あかず。

転院先は、大手術をした国立の大学病院。
こちらは、医師も看護婦も潤沢にいる感じ。
とはいえ、現場は聞いていなくって、
ストレッチャーで入って行ったら、
すごいあたふた。こんなところで、
採血ですか~?な感じでしたが、、、

その日の夜、さっそくたまり始めている
脳の水を抜く処置は始まり、
翌日、私が行くと、目に見えていい感じ(*^_^*)v

この半月余りのぼ~として、
目の焦点もあってない感じから、
しっかりした目つきに。
「妹たちが喜ぶから、写メール撮って送ろうね」
というと微笑んで写真に写った(*^_^*)

何よりも、毎日のように、吐きそうな顔をしたのが無くなった。
(何度かに一回は本当に吐いていたし。)
いいね!
緊急措置の水を抜く処置が、効果が高いようだったら、
脳からおなかに水を流すシャントの埋め込み手術になります。
ごく簡単で、一時間程度とのこと。
そんなこんなで、一か月ほどの大学病院の予定です。
今、個室しかあいてないということで、個室ですが、
さすが国立、広くていいお部屋。
目が飛び出るほど高いわけでもないので、家族もホッとしています。
東京タワーが見えます。母にも見えるといいのだけど。。。

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母のこと

なんだか、いろんなことが押し寄せて、
ピークかも。お疲れ気味。
バカ息子は、いつまでも第一志望決まらないし、
今頃、春に声掛けてもらったとこが、惜しかった言うし、、(;一_一)

まひるは、今度は土曜の補習、
家を出ときながら、すっぽかすし、、、(-"-)凸

妹たちと微妙の温度差を再自覚、、、


母は、叔母が来る少し前あたりから、
意識の清明さに後戻りが、、、
なんだか、手術直後のように、
寝ている時間が長い!
目を開けても、なんだかこちらの働きかけの理解度が浅いような。

脳のCTを撮ってもらったところ、
また、少し脳に水がたまっているように見えると、、
手術した大学病院の先生に資料を持って、
診察に行ってほしいとのこと。
(家族のみ)

急の話で、私は、まひるの件でようやく
スクールカウンセラーに予約を取った日。
間が悪いが、取りなおすと二学期が終わってしまう(T_T)
妹たちに任せて、行ってもらった。

脳の精密検査は今の病院ではできないので、
大学病院に戻り、精密検査&水を抜く簡単な手術をすることに。
ちょっと、おちこむな~
しばらくは、こんなことが、何度もあるのだろうか?

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嵐のように

日曜日、夜、妹からメール。
「伯母さん、明日ひるにくるかも」
(;一_一)「わかった。早めにいくようにする」
「よろしく~」

伯母から電話。「明日行くね~」

朝、洗濯物を干したままでは、いけない日(工事の関係で)
夜干したものを、あわてて入れる。
10時半には、家を飛び出す。
銀座へタクシーで行き、伯母に茶菓を持たそうと。。。
三越をうろうろ。堂島ロールは、あいかわらず行列だが、
5人ほどだ(*^_^*)。並ぼうかと思っているそばから、
3人並んだ~(T_T)
並びながら、友人に電話する。
「堂島ロール、いる?」「いる」「じゃあ夕方ね」
10分ほどで、堂島ロール二本ゲット。
久しぶりだ~(^^)

伯母には、伯父さんが栗のお菓子が大好きなので、
時期的にもいいかと思い、東京土産とは言い難いが、
岐阜の「栗きんとん」 れおなんて、うますぎるといいながら、
3個も4個も食べるが。。。
重くても申し訳ないので15個入りに。

で、ダッシュで病院についたら、12時前だった。
流動食を12時から始める。
今日は、お風呂の予定で、
2時までには流動食を終えないといけないのでと。
伯母は、12時半くらいに到着。
とにかく起こすのだが、全く起きないまま、
3時。風呂へ。結局、4時近く、ようやく目を開けた母と、
リハビリ中に、写真を撮る。
あわただしく4時半には、帰って行った。

やれやれ(-_-)任務終了。
伯母は、思ったより重い症状に、ショックだったようだが、
見たことで、状況を把握し、何をしないとけないかよくわかったようだった。
(火曜は、朝、前日のお礼の電話。
栗のお菓子がはじめて食べたが、おいしいと。
午後、病院にいる時に、母は起きているか?と電話(-_-))

母も、伯母の話にはしきりにうなづくのであった。

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とうとう

伯母のこのところの定期的電話は、申し訳ないほど、
何も進展がなく、最後は伯母のため息を聞きながら、
電話を置くような感じであった。

沖縄と東京は、秋以降は気候がどんどん差がつくので、
母より高齢の伯母には、来るなら早く来た方がいいな~と、
漠然と思って、お話も、散歩もできませんが、
それでも良かったら、一度来てほしいと、
ちらっと言ったけど、
伯母の「せっかく行くなら、話もしたい。散歩もしたい」
という気持ちは強かった。
あまりひどい状態の母は、
見たくないと思っているのだな~と思ったりもした。

が、季節もこれ以上あとでは、かえってこれなくなると、
伯母は決心し、私が、病院にいる時間に電話をかけてきて、
「返事はもらえなくてもいいから、話がしたいから、
耳に電話を当ててほしい」と。
5分くらいだろうか?延々と母に話しかけてくれた。
「いこうか?いってもいいよ!」とか
「リハビリがんばらなきゃ!自分を治すのは、自分しかないのよ!」
なんて言ってくれていた。

電話を切った後、母に「伯母さん来たいみたいよ!来てもらう?」
て、何度か聞いてみたけど、返事はなかった。
帰宅後、妹からメールが。
「おばさんに来てほしいって、お母さん言っていたよ」
伯母に伝えると、日程を調整すると。

病院にいると、今度は、大阪の伯父から電話。
「沖縄(伯母)から電話があって、行ってみて来いって」
おお、伯母さん、なかなかアクティブ。
兄さん、あんた先に見ておいて。って感じ?

この状態を都内に住む伯父に伝えないと、
またへそ曲げるな~と、都内の伯父にも電話。
大阪の伯父が来る日は、れおの用事で、いけないので、
よろしく~という感じですが、、、
母のいい刺激になるといいな~

末っ子の母が、74歳ですから、伯父や伯母の歳は、
80前後と、どちらも上京となれば、娘や息子のつき添いが、
必要になって、そちらの日程調整もあったりで、
みんな歳をとっていくのだな。軽いフットワークで、動くということが、
だんだん難しくなっていくんだな~と、
とうとう動き出した伯母に思うのであった。

そして、サポートしていくのが、子どものころ、
可愛がってもらったものの務めだな~と思うのでした。

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母ようやく


明日から訓練食。
重湯をミキサーかけたものを食べられるよ>お母さん!
長い道のりでした。

今日は、ゴマ豆腐と、「午後の紅茶 レモンティー」をいただきました。

相撲観戦中は、機嫌のよい母です。
どうしても、車いすに座ると横に体が流れる。

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この頃の母

咳が出る間は、来なくていいという妹と弟のお達しで(^_^;)
15日にまひると顔を出した以外、
10日ほど病院は、休んでしまった。

その間に、母は飲む練習ということで、
コーヒーを飲んでいいこととなり
(市販のカフェラテのようなもの)
飲み始めて、これがいい刺激のようで、
本人も楽しみみたいで、
最初から、むせずに飲んだらしい。
(すごい!)

それからは、自分で身体動かすのに、
すこし意欲が出たようだ。
車いすに乗る前に、ベットのフチに座る練習も定番で、
これは、まだ支えがいるが、日に日に進歩。

これで、胃ろうの話は、立ち消えになるな~(^^)

昨日今日と、母のところへ行く。
「今日は、コーヒーは飲んだの?」と聞くと
しっかり首を振る。反応がいい。

TVみながら、手を上下に動かしたり、
右手で、左手の先を触ったり、、、
母は、自分の体を再認識しているのだな~きっと。
少しずつだけど、よくなっていこうね。

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やはり・・・

母は、今日は痛い思いばかりだった。
(いろんな管が、交換とかで・・)
主治医が、流動食やなんか再開の説明にきた。
(週の初めに、調子が悪くなって、
流動食をとめていた)

ついでに、のどの管をどうしたら、はずせるのか聞いた。
(内科医は、胃ろうを考えているといって、
驚かすんだもの。気管切開を閉じるのが、
すべてがうまくいくきっかけになると今は思うので)

意識は、ずいぶんしっかりしているのだが、
ときおり「あれ~?」と思う日が、まだ時折ある。
演技じゃないかとも、思うのだが、、、

ともあれ、意識がいつもしっかりしていないと、
不安ではずせないと。。。

ま~母は、私と先生のやり取りを聞いていたと思うわけで、
その後、手のマッサージをしながら、
「動けるようになって、退院しようね」と話しかけたら、
妙にシラ~としていた。「あれ~?退院したくないの?」
それまで、あまりしっかりした反応を出さなかった母が、
やけにはっきり「うん」とうなづいた~

そうか~、そうだったんだやはりという思いと、
先生の前だと、意識がしっかりしていても、わざと、
聞こえてない、反応できないふりしているんだ~(>_<)
いやなもの見た。闇の底に、ことっと触れてしまった。

一人暮らしに戻りたくないってことだな~
でもね、私は、うちの近くにって言ったのに、
何件か見て、狭いとか、排水が気に入らないとかいって、
前住んでいた家から近いというだけで、
今のとこにしたのは、母だったんだからね。
妹たちが、うちにあまりべったりも
よくないって思ったのもあると思うが、、、

うちの近くだったら、母の病院、かえさせたもの。
絶対。そしたら、今の状態はなかった。少なくとも。
今、言っても仕方ないことだけど。

話せない状態でも精神科とか、心療内科にみてもらえるかな?
主治医に相談かな~?

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母と

母は、手術から4か月。
リハビリには、なんだか力が入りません。
「絶対頑張る!」って気が大事だと思うんだけど。

ときおり、結構今の生活が、
気に入っているのでは?と疑ってしまう。
年に数度しか、顔を見せない息子が毎日現れる。
娘も入れ替わり立ち替わり。。。

一人で、猫と暮らしていた時間と比べれば、
ずっと、幸せなのかもしれない。
私なんかが考えるよりは。

先の見通しと、希望が大事かな~
誰かが同居するのは、必須条件なので、
私が、一緒に住めれば一番いいのだけど。
末の妹を近くに呼び寄せて。
先立つものだよ!今のままでは無理だ~

定期的に病院がくれるリハビリ計画。
退院後の見通しの欄、
障害者手帳、介護保険に、チェックがしてあった。
わかってはいても、「障害者手帳」欄のチェックはショックだった。

それでも、母と二人、静かな時間が、毎日あるわけで、
けっこう小さい頃から、最近まで
母とぶつかりっぱなしだった私には、
この時間は、神様のプレゼントかもな~と思うのであった。

「がんばんなきゃ~」といいながら、
「いたい~」と合図されても止めない手足のリハビリだったりするけど。
毎日、同じところをしつこく動かしていると、
やはり、それなりに可動域が広がるんだもの!
がんばれ!おかあさん。
なんとか、動けるようになって、退院しよう!

義母の1周忌も、すぐそこです。

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やった~

手術から、80日余。
ようやく、先生から「少しずつ食べる練習をしましょう」
ということで、まずお豆腐から。

最初口を開けなかったのですが、
開けると上手に「モグモグゴックン」\(^o^)/
3口ほど食べました~

これから、いろいろ食べなきゃね。

夜、伯母から電話。
「お豆腐を食べました~」と言ったら、
「大好物のマンゴー送るから、食べさせてね」だって。
ああ、本当に食べられるといいのだけど。

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母のこと

母のところに、れおとまひるの写真や、
見舞いにきた従姉妹などの写真を持って行って
飾った。飾る前に、それらを見せると、
れおのだけ、ニッコリ笑って「れお」と口を動かすのだ!
ちょっと、差別じゃありませんか?
まひるや、従姉はかわいそうだな~、私も。

母は、ずっと、手足の関節が、固まらないようにマッサージと、
1時間程度、車いすに乗ることが、リハビリだった。

二日前、新兵器が現れました。
ベット状のものなのですが、だんだんと起き上がって、
足に体重をかける練習をするものです!
調子がいい時は、これをプラスすることになりました。

初日は、60度くらいまで起こして、
最初は何されるんだ~と不安げだった母も、
景色が変わって、キョロキョロ(*^_^*)
余裕の表情を見せました。
なかなか固まって動かせない足首も、
体重がかかると自然に、90度になるもんだね~
いい刺激になるようです。

名古屋場所が始まってから、
母はすっかり最初からテレビをじっと見て、
楽しんでいるようでした。
だから、車いすに乗ってみせると、
ベットから見るより、見やすいのですっかり気に入り、
放送中に車いすから降ろしにリハビリの先生が来ると、
まだ!と断っています>母が。

しゃべることはまだできないけど、
意思表示は、だんだんできるようになっているみたい。
あとは、手足が、もう少し動くといいな~

そういえば、「阪神にマジックが点灯したよ!」
と言ったらびっくりしていました。
「46」といったら、けげんそうだったが。

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気管切開

切らずに済めば、その方がいいと思ったんだけど、
結局、直前に、呼吸が不安定な日があったので、
切開することに。

れおが、修学旅行で出発の日、
3時からの予定が、7時前。。。
仕方ないけど、時間を延ばしていたけど、
私は、帰るはめに。
まひるが集中考査なので、ちょっと、初めてだし、
いろいろ不安で帰宅。

翌日、顔色もよく、
何よりも口の管がなくなって、
すっきり。リハビリの時も、口を「い・た・い」と動かす。
声が出せなくっても、動くのがいいね(^^)

がんばって、一時間車いすにも座りました。
でもね、「私は誰?わかる?」って聞くと
首を振って、ちょっと困った顔に、、、(=_=)
しかたないのね~

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懸案事項、終了

母には、存命の兄が4人いる。
その中で最年長の伯父は、
母が東京に来てからずっと
なにかと頼りにしていた人だ。
母が1か月の入院生活の折には、
まだ幼かった妹を預かってくれたりもした。

我が家と同じで、1男3女に恵まれた。
が、相次いで二人を失った。病気だけど。。
母は、今回の入院の折、
伯父には言うなといった。
私は心情的には、言った方がいいと思ったが、
本人が、リハビリ始まったら、
連絡するというので、みな伯父には告げなかった。

が、しかし、この状況、ますます言えないまま日が立ち、
逆にいいづらい状態が続いてしまったわけで、
私は、いつ伯父から電話で、連絡取れないけど、何かあったか?
といわれるんじゃないかとびくびくしていた。

妹に、母の手帳から、伯父のところの長女、
私にとっては、歳の近い従姉の連絡先を探してもらった。
ようやく見つかって(脈絡なく書くから・・・)、連絡をした。
留守電だったので、母の件で言っておきたいことがあるといれて。

何度目かの電話でようやく話ができた。
母が、高齢の伯父に心配かけたくなく、連絡しなかったこと。
危ない状態もあったけど、今は大丈夫なこと。
寝たきりのこと。意識も鮮明でないことが多いこと。等々。

従姉が「大変だったでしょう~、
連絡してくれてよかったのよ~
父は、(亡くなったいとこたちの件で)病人なれしているから、
大丈夫よ。一番かわいがっていた妹のことだから、
すぐ飛んで行くよ。私から父に伝えるから。」と。
それが、昨晩10時。

本日、9時すぎ。電話。
「なんで娘に連絡して、君が直接、僕のところに知らせないんだ!」
と伯父に開口一番叱られた。そうなんだよ、私、かわいがってもらったのに・・・
「ほんとうにごめんなさい」
病院の場所を知らせた。
「3時には行くから」

さすがに、お歳のせいか、飛ぶようにはこれなかった。
3時半。伯父が病院にきて、開口一番、
「あんまり痩せていないし、顔色もいいね。
よかった。時間はかかりそうだが。」
「一人暮らししていたから、心配していた。
よくなかったんじゃないか。」といわれた。

それでも、「来週、また来るから!」と言って帰った。

とりあえず、ほっとした。

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母、わらう

母は転院して、午前、少し。
午後40分くらい。
リハビリしてもらえるようになった。
やはり、起こして、体を動かしてもらうのは、
良い刺激のようで、ひどくしっかりした
感じを受ける時間が増えた。
もっとも、ぜんぜんな日もあるのですが、、、

一通りの関節動かした後、
座る練習をします。で、次が、車いす。
ずっと、座るだけだったのですが、
初めて病室の外に出ました。
短い廊下を行ったり来たりだけど、
その間しっかり目を開けている母に、
うれしくなりました。

中には、目をつぶった顔しか知らない看護師さんもいるので、
「きゃ~、目があいているんですね~(^^)」と喜ばれたりして、、、
目をつぶりそうになった時に、リハビリの先生が、
「目をつぶっちゃだめですよ!ビール飲めるようになりませんよ!」
といったら、えらく受けて、顔じゅうで笑っていた。
妹と「笑ってる!笑ってる!」って。
なんだかんだで、4時間も目を開けていてくれて、
なんか希望の持てる日でした。
記念撮影しちゃいました。

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母、病院移る

もともとの私たちの希望通り
「よくなって、もう一度、前の病院に戻り、
リハビリをビシバシする」
前の病院に戻りました。

朝、体育祭の振り替え休日のまひると、
母のもとへ。病室のフロアに着くと、
母が、ストレッチャーで、降りるところだった。
妹二人はもうついて、会計に片づけに、
バタバタしていた。

看護師さんたちへのあいさつもそこそこに、
(脳外科の人たちにも、ちゃんと挨拶したかったな~)
タクシーで、2メーターほどの病院へ。

(ところで前日は、秋葉原での惨事。
ERがあって、秋葉原に近いこの病院は、
さぞかし騒然としたことだろうな~
ニュースを見ながらそう思いました)

母は、もといた階には戻れず、
別の階ですが、ナーススーテションの隣。
個室。なんだか、あれこれが、ある程度、
最新だった大学病院からみると、旧式で、
不安になる。と、担当の看護師は、脳外科出身と知って、
ちょっとほっとする。先生たちの配慮だろうと、察する。

ある程度、落ち着くと、弟、妹と帰って行った。
もっとも、二人は、午後と、夜、出直すのだが。
私は、まひると1時過ぎまでみて、
まひると、映画に行く約束をした。

途中から退屈になったまひる。
TVみていいよと、TVをつけると真剣にみるのであった。

希望と、不安をのせた引っ越しなのでした。

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病院の窓から

病院の窓から
今日、明大がパレードしていた。6大学野球?

すごく薄く東京タワーが写っています。

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母またもお引越し

脳外科ですることはないということで、
整形外科の方へ移動。
お隣に、「moving」といったら、びっくりされたので、
moveは引っ越しには使わないのかな?と疑問。
母の歳を聞かれたので、(まだらぼけみたいで、同じことをきかれるの)
「74」というと「so yang」といわれた。
そう、おばあちゃまに比べたら、ぐっとぐっと若いのだ~

ずっとCCUで隣だった方に、なにも言わず行くのもと思って、
銀座の「あけぼの」にたちより、
(気張らない感じの花束(500円でかわいいのを売っている店があるので)
それをと思ったけど、店が開いていなかった。。)
銀座メロンという新作のお菓子2個を買ってみた。
(手巻きなっとうというおかきと、
もちどらという小さいどら焼きも買った>ひとりでたべちゃったよ~)
「移ります。回復を祈っています」とメモをつけて。

お掃除とか、手浴、足浴をしてくれていた助手のおばさんに、
「本当にお世話になりました」と挨拶したら、
「お元気でね。ご家族の方が倒れちゃうから、健康に気をつけてね」
もちろん看護婦さんたちに、やさしい言葉をかけていただきました。
ほぼ、1か月お世話になったのでした。

移動。たったワンフロアですが、雰囲気も違う。
何より驚いたのは、酸素吸入のつなぎ方が、
ベテランと思われる看護婦さんが、知らないようなの~( 一一)
ついてきてくれた脳外科の看護婦さんが、
教えてくれて、チャンとつながりましたが。
で、あれこれが、脳外科と違うのに驚く。

吸入や、流動食の経験があまりないみたいで、
3人で組んで、おっかなびっくりやっている。
こっちが、おっかなびっくりだよ~(T_T)
すぐに脳外科に戻りたくなった~
妹も来て、ちょっとびっくりしていた。
感じが悪い看護婦さんではないけど。
あまりに違うので驚いた。

脳外科では軽症の方に入っていたけど、
整形に来るといきなり、かなりの重症者になった。

少し前にもともといた病院に戻るかと聞かれたので、
戻りたい旨は伝えてあったのですが、
「9日に転院の予定になっています」とのこと。
はじめて聞くが、、、、来週じゃない!
このまま戻って大丈夫なのかな~不安は募ります。
眠り姫の母なので。

リハビリはビシバシやってくれるだろうな~


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なんだか

先日、すっ飛ばしてしまった予約の代わりに取ったとき、
6月末では、薬が、その前に無くなってしまうので、
処方箋出してもらう日も予約したのだ。
その日を忘れてしまった(>_<)

朝から、取り直し依頼。。。自分で、自分が馬鹿だと思う。。。

母のところへ行くと、父がいた。
全然、目を開けないのですよ。。。。
ずっと、手のマッサージをしたりして、合間に、
放送大学の提出物の「数学再入門」を読んでいた。
やはり、朝、少し放送授業を観ておいたら、
わかりやすい。。。難しいんですが、、、

そろそろ交代の妹が、来るな~と思っていると、
仕事のうえで、うちの両親が、世話になった人(故人)の
奥様と、息子さんが来た。。。
そもそも、私なんか、その方の見舞いに何度か来たから、
今の病院知っていたんだもんな~
(あと、妹が、交通事故起こして運ばれた病院でもあるけど)

父が、漏らしたらしい。いや、病院を言ってしまったので、
そこから、調べてきたらしい。。。。(-_-)
少し、強めに母を起こす。
「○○さんの奥さんが来たよ!お母さん」
と、あれほど目を開けなかったのに、開けた。
二人は、見つめあって、互いに涙を浮かべていた。
歳もそんなに違わないからな~

実際、その方より、都内に住んでいる伯父とか、
母の古い友人とか、そういう人に知らせて、
来てもらうのが、母の刺激になるような気がして、
知らせちゃおうかな?なんて思っていたとこだった。

隣では、「西の魔女」な方の息子さんがきて(もちろん年配の男性です)、
(ハーフでしょうが(^_^;)、小柄で、日本人が色濃い感じ。
娘さんの方が、とってもハーフらしかった)
英語で、お母様に、ガンガンにまくし立てていた。
もっとも、すごくシンプルでわかりやすい英語なんですが。。。

家に帰るためにも、少しリハビリをハードにしてくれる所に、
移った方が、いいだろう。ここが(パンフをみせて)いいと思うけど、どう?
なんて会話をしていた。


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あきらめないこと

母は、普通の部屋に移動になりました。
ま~重症な方が来たので、押し出された格好ですが、、、、
それでも、ま~、長い時間かかったから、喜ぼう(*^_^*)

同室の方は、二人は気管切開して、寝たきり、、、、
お一人は、外国の方。これが、梨木香歩さんの
「西の魔女が死んだ」なイメージの方。
苗字は、日本人なので、日本語も堪能ですが、
英語の方が、先に出てくる。
話せれば、お相手したいんですが、、、
alone、といわれても、返す言葉もない。
97歳で、クモ膜下出血で倒れて、
あなた、リハビリしてますの。歩く練習!
(前の病院でも、84歳とかの人が、がんばっていたもん)

おかあさん~、あなたがんばりなさい!
人生の先輩方は、何倍も素敵に生きていらっしゃいますよ~
今日は讃美歌を聞いていらっしゃいました。
何日かぶりに娘さんがきて、英語をしゃべって、
生き生きしていました~(^^)

けっして、あきらめない。心に誓った。

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つれづれに

母は、一般病棟に移ってから(まだCCUだけど)、
熱が、38度代後半が続き、行っても
ほとんど目を開けない状態が続き、
意識も不明瞭で、ICUの方がましだったのでは?
などと思ったのだが、、、
それでも、点滴が一つ減り、鼻からの流動食もはじまった。

あれから、また何度か、以前いた病院の先生が来てくれて、
様子を確認してくれた。なかなか、そこまでは、
できないと思うんです。ずっと、予定があるでしょうに。
学校に資料とか調べに来たついでにしても。

名医と評判の執刀医でしたが、手術前のカンファレンスの時に、
「100回に、1,2回は、思うようにいかないこともあるんですよね」
と、おっしゃっていたので、再手術になったとき、
「ああ~、聞いていた時は、自分の身内が、100分の1や2に当たるとは
思わなかったけど、そっちに入っちゃったんだな~(T_T)」と思ったものだった。

恨むとすれば、ずっと掛っていたにもかかわらず、
原因をつかめず、たらたらした治療をした医者たちにで、
(こちらとしては、もうちょっと、原因を探る努力をしてほしかった)
もう少し小さいうちに、切っていれば、
今日のような状態にはならなかったかもしれない。
小さいうちでも難しい手術で、同じようになっていたかもしれない。

ここ数年で出てきた、いろんな症状が、
結局、すべて良性腫瘍のせいだったのだから。
良性腫瘍も、場所によったら、命取りです。

誰を恨んでも、母の今の状態が、変わるわけでもないので、
考えても、しかたない。
寝ている母の手や足をさするくらいしかできないのだけれど。。。。
(胸とかは、いろいろ付いていて、、、)

昨日から、少し熱が下がりだし、母もようやく目をあけるようになった。
今日は、私が居た3時間ほとんど目を開けていた。
ゆっくりゆっくり、1歩、1歩だね。

ボランティアの歯科技工士さんのグループが、
口腔のチェックと、そうじを丁寧にしてくれた。
「食べたりしないとやはり機能が落ちるので、
舌をできるだけ動かしてね」とのことだった。
以外に口腔の状態はいいそうで、安心。

CCUも、話せるような状態の人は、
次々と入れ替わっていくが、
母と、隣の人(男性。脳出血系の症状と思われる)
は、ずっといる。まだまだかかりそうだ。

2,3日に一回ある伯母からの電話もようやく慣れた。

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ICUでた~(^^)

一昨日、母のところに行くと、母は起きていて、
思いがけない力で、握りしめた。
何か言いたそうなので、
マジックとスケッチブックを出した。
「・・・・・・がない」と書いた。
がないは、よくわかるがその前がわからない(>_<)
何度も書かせてしまった。。。
そのうち看護婦さんがきて、
「紙おむつが切れたので買ってきてね」
そうか、それか!!!!
なんてお母さんらしいんだろう。

昨日、熱があるせいか、トロトロしている。
妹がきて、沖縄の歌をかけた。
婦長さんがきて、「だいぶ安定してきたので、
近いうちにICUは、出られますよ~
呼吸機の管とかは、まだはずせませんけどね~」
といわれた。(^^)

そして、今日、病院に着くと、
ICUの入り口で、患者名を言うことになっているが、
入口で名をいうと、
「いまからたいしゅつですのでいましばらくそちらでおまちください」
たいしゅつ?って、退出?え?一般病棟へいけるの?
待っていると、10分くらいで、ストレッチャーに乗った母が出てきた。
声をかけたが、寝ているようだ。
「今からレントゲンをとってきます。その後、脳外科の病棟に行きますので、
そちらの待合室でお持ちください」

待合室で待ちながら、妹たちにメール。
「え?しゃべれるの?」
「呼吸機取れた?」
まずそちらが気になるのか~
残念でした。それから、30分くらいで、
母は、術後管理室みたいなナースセンターに一番近い、
男女混合の部屋に入った。
母のそばにいると、父が来た。
「うつったのか?よかった。よかった。」
まるまる7日間ICUにいたから。。。
ちょっとだけ、ICUの一番奥にいた小児科の患者10歳の顔が浮かんだ。

母より早くから入り、点滴の本数も母より多かった。
見かけるたびに、心が痛んだ。
がんばれ!がんばれ!生きてね(T_T)

病棟の婦長さんがきて、諸注意など聞く。
やはり、普通の病室より機械など多く、
広めだ。その後、妹や叔母が来た。
主治医も来て「まだ、どの程度回復するかは、
意識がはっきりしないとなんとも言えませんが、
脳外科の管轄を離れるのは、早くて二週間でしょうね。
がんばりましたね」

また、一つ山を越えられたのかもしれない。
母の部屋からは、東京タワーが正面に見えた。

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ゆっくり

母は、思いがけないほど、強い力で握り返してくることがある。
その力で、呼吸器の管を抜こうとするので、
手を拘束されていた(^_^;)

恐れていた伯母からの電話があった。
30分。襤褸出さないように、必死。
医師である従兄から、
「脳にたまったものを取るカテーテルを入れる
手術で、ごくポピュラーなもので、かつ、安全である。
ただ、当分、ICUでの管理となる」旨の説明を受けたようだ。
伯母自身が、老人性のうつなので、
真実は、伝えられない。が、言っておかないとまずい、
という考えだったのだが。

伯母を安心させるには、母の声を聞かせることだが、
それは今は無理なので、、、
声は出せないけど、まだ本当の字ではないけど、
字も書けるから。時間はかかるけど、
少しずつ良くなっているから。
夜、眠れないという伯母に、それだけ言うので、精一杯。

一歩一歩だね~

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意識がもどった

朝、娘と病院へ行った。
母は雨が嫌いなのだが、
(不調になることが多いので)
ザーザーふりの中、出かけて行った。
妹たちが、言った時間に着いたはずなのだが、
いない。従姉が来ていた。

三人でICUの中に入ると、母は目を開けていた。
声をかけると、声の方へ、目を動かしてくれた。
膝も立てていて、いつの間にか戻していた。
これって、意識があるっていうこと?
1時間ほどで、妹たちも来て、
にぎやかになった。。。
(確か一度に三人くらいでと、言われたはずだが、
うちは、毎回人数オーバーだ(^_^;)

母が、声の方へ眼を動かすので、
妹や父が、喜んだ。
前の病院の主治医も、来てくれて、
(毎日来てくれていたことがわかって、
本当に忙しい中、頭が下がった)
「毎日、少しずつ良くなっていますね~よかった(^^)」
と帰って行かれた。

その後、救急車で一緒にきて、
そのまま手術も立ち会った先生も来てくれて、
少しずつ良くなっているのを喜んでくださった。
二人は、今の病院の卒業生だというのも、
もともと地理的にも近いというのもあるけれど、
毎日、気にかけ見に来てくれるという行為に、
日常のお仕事で忙しいでしょうに、
放っておいても、誰にも非難されないと思われることに、
今までであった医師の中でも、もっとも真摯であられることに、
感謝したいと思った。

早い段階で、脳外科に預けた方がいいと、
判断していただいたことに、私たちは、深く感謝している。

で、現在の脳外科の主治医だが、多忙(T_T)
なかなかゆっくりお話を聞く機会がない。
それでも、今日は、私たちがいる時に、
母の様子を見て、「足を動かしてみて!」というと、
母が鈍い反応ながら、動かしたので、
「これは、意識が戻ったと思っていいですね(^^)」
とおっしゃった。

植物状態が、続くかもしれないと
いわれた時から考えると、
信じられないくらいの回復だ!
早く、憎まれ口のひとつふたつ、聞きたいぞ!
(まだ、人口呼吸器がついて、しゃべれないんですけどね)

妹たちが、なんだか新しいバックを持っていたりする。
ビームスの買い物袋まで持っていた。
ストレスから、買い物にはしるのは、
共通の傾向なのだな~と思うのであった。

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つれづれに

父が、「植物状態=死」と言ってはばからず、
ちょっと、不快だった。父の年齢の人には、
しかたないのだろうか?

妹たちが、救急車に乗るとき、
転院先を聞いた、隣のベットの方が、
「あら、おかあさん、歯の具合が悪くって、
歯医者行きたいって言っていたから、
あそこなら(病院内に)一緒にあるから、
歯の治療もできるわね。よかったじゃない~(^^)」
なんてポジティブなんだ~見習う必要があるね>お父さん

ICUは、あまりものを持ち込めないのだが、
妹は、バスタオルとか預けるときに、
スリッパを紛れ込ませていた。
早く使えるようにね!の願いを込めて。

手術の説明の時、先生方は、白衣だった。
手術のときは、専用の青いつなぎみたいのを着ていた。
背中に病院名と「手術部」の白文字が。。。
なんか、白衣の時とは、別人にかっこよく見えたのは、
気のせいだろうか?

ピリピリした絶望の気分の時、
妹たちや、弟と、昔話になった。
意外に小さい時の弟の友達の名前が、
鮮明で、「○○くんって、いたね」といったら、
「なんで、そんな小さい頃のしかも途中で転校しちゃった子を
覚えているのだ~」
「おねえちゃんの脳は変わっている、どんな構造かあけて見てみたい」
「残念でした~」
そんな会話していたら、気分がなごんできた。
逆に、弟がよく覚えているのに、私が、忘れていることも多いのだ。
本当に、不思議だね。

今日、母は、私たちが行くと目を開けてくれた。
意識は相変わらずないんだけど、
反応してくれるのは、うれしい。前向きになれる。

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そしてまた8時間!

朝、子どもたちを起こしながら、
今日は夫もいるし、仕事もないし、
午前中ゆっくり家のことして、
午後から、母の病院へと思っていたら、
地震。。。
そして、妹からの電話。7時40分でした。
「今から、おかあさん転院するから。
水頭症をおこしたらしい、脳外科のある○○病院に、
救急車で行くから」
一つ一つの言葉は、ちゃんと頭に入っているが、
なんだかバラバラだ。
「わかった、すぐ○○病院に行くから」
あわてて着替えの用意をしたら、
ブラは、二つ用意していた(-_-)

夫に「○○病院って、どこだっけ?お茶の水?」と聞いていた。
何度も行ったことのある病院なのに。
家を出て、歩き始めても、どう行くんだっけ?
って頭が回らないの。
そうだ、急を要するんだから、タクシーでいいんだ。
って、気付くのにちょっとかかった。

タクシーは順調に走って、20分もしないでついた。
救急車の方がついていなかった。
しばし待ち。妹たちと合流。またしばらく待つ。
ようやく、医師から説明。
「これから、救命救急の手術をします。
意識が消失しています。水頭症を起こしています。
脳幹を圧迫する血の塊もあります。
この二つを処置します。
うまくいっても、植物状態は、覚悟してください!」
話を聞いていた父が、泣き出してしまった。

妹たちだって、目が赤い。
父は、ずっと、昨日の手術は、失敗だったんだ、、、と文句を言う。
妹や私は、さまざまな病歴のある母に、手術にこぎつけてもらって、
感謝しているのだが、>主治医たち
しかも一人の医師は、ずっとついてきてくれて、
手術もずっと立ち会ってくれているのに。
昨晩遅くから、反応がいま一つなので、
MRIを緊急で撮ったり、その画像を持って、
○○病院に相談に来ていてくれたり、奔走してくれた。
そして、こぎつけた再手術なのだ。。。

手術は始まり、午後となり、待合室で待ちながら、
親戚のあそこは、今日、病院に見舞いに来そうだから、
連絡入れといた方が、よくないか?
沖縄の伯母は、誰とも連絡取れないと、
パニック起こしそうだよ!なんとかしないと、、、
という話になり、来そうな親戚には、電話。
伯母は、本人には言えないので、東京に住んでいる娘に電話。
(私にはいとこのお姉さん)
「伯母さんに昨日、大丈夫って言ったんだけど、
今日、意識ないんだ~今、手術しているから、、、
伯母さんにうまく言ってほしい~」といいながら、泣いてしまった。
「それは、そのまま言えないから、弟にうまくいわせる!」

それから、夕方になると、電話したいとこやら、親戚が来てくれた。
待合室、大人数になっているんですけど~。。
7時前、ようやく手術室から出てくる。
よく、がんばってくれた!

手術の説明の後、母に声をかける。
意識はないんだが、目はあかないが、
涙をながす。また呼ぶと、流す。。。
ああ、母はきっと大丈夫!そう思うと、涙が流れた。
父も泣きだした。

そして、ようやく病院を後にしたのでした。

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8時間

まった~
昼から、ずっと。。。
いい陽気の一日でしたが、

先生は、
「一応、肉眼的には、取りました。出血も少なかったです。」
やれやれ。妹と、弟と、4人で雁首そろえて、待ち続けた甲斐がありました。

戻ってきた母は、子供みたいに、なにを言われても、
「首が痛い~」しか言わなかった(-_-)

痛み止めを入れたら、いびきをかいて寝てしまった。

待っている間、おなじ病室の方が、
何度も私たちのところに来てくれて、
励ましてくれて、戻ってくると、こっそり、
術後管理の病室にも顔を見に来てくれて、
本当に、ありがたかったです。

伯母や、父に報告の電話をしながら、
涙が出そうだったよ。

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いよいよ

母の手術。
場所が難しい、しかも、(良性腫瘍とおもわれるが)大きい。
といことで、いろいろ心配なことが多いです。

うまくいったとしても、左手の自由は、
それほど戻ってこないだろうと、、、(=_=)利き手なのに。
今は、握力も、感覚さえないんですが。。。

歩く方は、杖なしになるだろうとのこと。

考えれば考えるほど、母の病院の選択に、口うるさく意見すればよかった。
無駄な治療に1年近く費やしてしまったから、、、
取り戻せないものがある。自分の時は、万全を選ぶじゃない。。。
そのことだけが、悔やまれる。

首の腫瘍では、名医と評判なので、お任せするしかない。
そんな気持ちです。長い一日になりそうです。

同じ手術をした方が、母のところをわざわざ訪ねてくれて、
「私も同じ手術しました。大丈夫、良くなりますからね~」
と声をかけてくれた。涙が出そうだ。

本人は、いろいろ思い通りにならなくって、
いらいらをぶつけてくる。。
子供の育て方がどうこうなんて、母に言われたくない!
あなたは、放任だったジャン!

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週末

天気悪いし、疲れもたまっているし、
グダグダしたい感じ、が、妹たちは、仕事なので、
母のところへ行くべく、家事をしていた。
はかどらん!洗濯が多すぎる~sad
やれどやれど終わらない、今週も掃除機をかけずに終わりそう~
だいたい、夫がグダグダしていると、
掃除しずらい、音が大きいし、ほこりもたつし。。。

胃カメラもやったので、なんとなくたい体調すっきりせず。

4時近く、ようやく母のところに着く。
「遅い!」と一言(-_-)私だって、精一杯です。。。
ほとんどのことを自分でできないので、看護婦さんに頼むか、
家族に頼むかなの、、、
で、看護婦さんをあまりわずらわせたくないようだが、
だからって、こちらも家庭を犠牲にして、そばにいれないぞ~
夕食が終わるまでいてほしいというのが、毎回の母の願い。
6時過ぎなので、家に帰るのは、7時を回る(=_=)

沖縄の伯母が心配して、電話をほしいとの伝言。
かけさせると、「心配してもしょうがないんだから!」と強気発言。。
手術は、もう少し心臓の検査をしてからとの話で、
来週以降になりそう。。それまで、痛みにも、
体の不自由にも耐えてもらわないといけない。

日曜日、洗濯物と、(食欲のない母のために、
母の好きな)沖縄風の豚肉と昆布を炊いたものを作り持っていく。
軟骨が、ほろほろとしておいしい。
食欲がないというので、昆布を一口だけ食べた。
売店への買い物、塗り薬の塗布をして、
沖縄の伯母に電話させて、ようやく解放された。

まだまだ頑張らないとね。。

病院にいる時に、野球仲間のお母さんからメール。
れおは、都大会出れるかどうかという試合。
「こないの~?ちなみに勝っているよ!」
「母の付き添いで、、いけない~」
「勝ったよ!都大会だ~(^^)」
ちょっと、うれしいお知らせ。

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